【概要】
Choose Life Projectでは、公示日を皮切りに投票日の31日まで、文化人や著名人が投票呼びかける『衆院選2021「選挙に行こう」プロジェクト』を始動させます。第二弾は映画監督の岩井俊二さんです。
【岩井俊二さんのメッセージ】
僕自身、選挙というものにはトラウマがあり、
その言葉を聞く度に正直なんとも言えないイヤな気持ちになります。
小学三年生の話です。そこはちょっと奇妙な教室でした。先生に褒められた生徒の名前が黒板に花丸で記され、先生から叱られた生徒の名前はバツ印で記されるというひどいルールがありました。そのルールの発案者でもある教師は家庭訪問で印象の悪かった親御さんの悪口を教室で児童の前で言い放ち、自分の見たいテレビを昼休みに見ているような人でした。当時の自分は教師の言動にも間違いはあるやもと考える知恵もなく、けれど何かおかしいという無意識の反応が身体じゅうから湧いて溢れ、結果その夏、一度もプールに入らず終わるという奇行を演じ、プール関連費の返納という事態を引き起こし、親になぜプールに入らないんだと叱られてもかたくなに何も言いませんでした。
学級委員選挙。
クラスのムードは黒板の花丸児童に入れる選択肢しかなく、それをやり損じたらこのクラスでどういう仕打ちに遭うかわかりません。僕は三人のバツ組の級友たちと相談して、その中にいたA君に投票することにしました。A君は勉強ができるタイプではなかったけど愛すべき男子でした。
ところが選挙当日、彼の名前が読み上げられるや、突如教師が顔色を変えて立ち上がり、声を荒げて叫びました。
「誰だ!これを書いたのは?!」
僕らは正直に手を挙げ、A君は下を向いて苦しそうでした。彼が学級委員になる資格は最初からなく、この教室にはそういう自由は存在せず、そのあまりにシュールな現実を前にしながら、おかしいことはわかりつつ、あの時は誰が間違えてるのかさえわからなかったのでした。
首謀者であった僕はそれ以降その教師から「選挙違反」と呼ばれるようになりました。自分の名前で呼ばれることはなくなりました。クラスメイトと会話することを禁じられ、クラスメイトも僕と会話することを禁じられ、居場所を失った僕は放課後、兄のいた教室に遊びに行くようになり、壁新聞作りを手伝ったりして兄の担任の先生に褒めてもらえるのが嬉しくて毎日通っていたら、担任教師に見つかってしまい、「選挙違反、お前、クラスで大人しくしてると思ったらこんなところで悪さしてたか」と怒鳴られ、腕を掴まれ、グラウンドに引きずられ校門の外に放り出されました。
民主主義の危機。
こんな言葉を耳にします。それは今に始まったことではない気もします。かつての帝政のようなカーストは組織や団体の中に厳然として存在し、自由に投票しただけで選挙違反のレッテルを貼る場面は僕のあの謎の三年三組の教室だけではないでしょう。
あの時、A君を含め僕を含め、四人の子供たちは、なぜ、学級委員選挙についてあんな密談を交わしたのだろう。忘れもしないあの放課後、とある神社の裏の夕暮れ。何かがおかしい。何かを変えたい。花丸児童ではないバツ組の僕らは非力だったけど、悪戯心もあっただろうけど、その想いは純粋だった。そんな気がします。
岩井俊二